臍帯血と聞けば、僕と同年代の人ならニプロのCMを思い出すかもしれない。

臍帯血というのはへその緒を流れる血液のことで、白血病治療や再生医療分野で注目されている。出産の時しか採取することができない、貴重なものだ。
臍帯血は血液であるから、実際に使用する時が来るまでは適切な環境で保管する必要がある。保管は専門の機関に委託する必要があり、公的バンクと民間バンクの2つに大別される。
保管するかしないか、公的にするか民間にするか、これは悩ましい問題だ。
悩んだ結果、僕らは民間の臍帯血バンクを利用しないことに決めた。
この記事では、その結論に至るまでに調べたことや考えたことについて書こうと思う。
臍帯血とは何か
既に知っている人は飛ばしても問題ない。
詳しいことは厚生労働省や日本赤十字、あるいは民間バンクのページなどに書かれているが、僕なりにポイントを絞って書くと以下の通り。
- 臍帯血とは、へその緒を流れる血液のこと。
- 臍帯血には血液を造る細胞(造血幹細胞)がたくさん入っている。2022年現在の技術では、造血幹細胞は人工的に造ることができない。
- 臍帯血を移植することによって白血病の治療に使えたり、再生医療などへの活用が期待されている。子ども本人や血縁者であれば適合する確率が高い。
読めば読むほど保管したくなってくる。
臍帯血を保管するためには専門の機関に委託する必要があり、公的バンクか民間バンクかのいずれかを選ぶことになる。
公的バンクと民間バンクの違い
臍帯血の保管には、公的バンクと民間バンクの2つがある。それぞれの違いを整理する。
公的バンク | 民間バンク | |
使える人 | 基本的に他人 ※提供すること自体に直接的メリットはない | 子ども本人や兄弟姉妹など血縁者 |
保管環境 | 国が定める基準と同様 | 国が定める基準と同様とは限らない |
保管費用 | 0円 | 数十万円 ※S社の場合、保管期間等によって約20~50万円@2022年現在 |
それぞれの違いを考えるうえで、ポイントとなるのは以下だと思われた。
- 他人 (非血縁者) の臍帯血は、いったいどれくらいの確率で適合するのか?自分たち専用で確保する必要はあるんだろうか?
- 民間バンクに託した臍帯血の保管環境は、国の定める基準と同様とは限らない。実際の治療に使ってもらえるのだろうか?
- 保管費用はさておき、使用する際にかかる費用はどうだろう?使うチャンスはあるんだろうか?
僕らが民間バンクを使わなかった理由
理由① 公的バンクでも適合する臍帯血は90%以上の確率でみつかる
理由の一つめは、もし臍帯血による治療が必要になったとしても、公的バンクから適合するものがみつかる確率は90%以上あるということだ。
これは僕らも意外だった。少し詳しく説明する。
ご存じの方も多いかもしれないが、造血幹細胞の移植にはHLA型というものが一致していることが重要で、HLA型が一致する確率は兄弟姉妹であれば4分の1 (25%)、血縁関係がない場合は数百から数万分の1の確率と言われている。
分かりやすい説明は、造血幹細胞移植情報サービスのホームページに書いてある。

民間の臍帯血バンクのホームページや資料には、この確率の低さが強調されていることが多い。
しかし、この確率と、必要なときに適合する臍帯血がみつかる確率とは別である。
たとえば厚生労働省のホームページには以下のように書いてある。
臍帯血移植においては、ドナーと患者のHLA(白血球の型)は6抗原中4抗原以上が一致した方がよいといわれていますが、公的さい帯血バンクで保存している臍帯血の中から、90%以上の方が4抗原以上適合する臍帯血が見つかるとされています。
【出典】厚生労働省 赤ちゃんを出産予定のお母さんへ(臍帯血関連情報)
関連情報として、造血幹細胞移植委員会の資料 (非血縁者間骨髄移植と臍帯血移植の現状について 平成18年) にも、HLA適合率は国内患者で93.7%と書いてある。

以上を要約すると、血縁関係がない場合のHLA型が一致する確率は数百から数万分の1かもしれないが、実際に治療に必要になったときに公的バンクから適合する (≒移植に使える) 臍帯血がみつかる確率は90%以上あるということだ。
ここまで読んだだけでも印象が変わった人も多いと思われるが、他の理由も続ける。
理由② 民間バンクで保管しても実際に使えるとは思えなかった
理由の二つめは、民間バンクで保管したとしても、それを実際に使えるとは思えなかったということだ。
まず基本的な現状認識として、日本産婦人科医会は民間バンクに対して非推奨の立場であるようだ。少なくとも2022年現在で僕らが見つけられた最新の情報 (2017年の資料) ではそうであり、これは2002年から変わっていない。

この理由はおそらく保管手順や保管環境によるものと思われる。同じく日本産婦人科医会の第113回記者懇談会(H29.10.18)資料には、公的バンクと民間バンクの臍帯血採取の流れが記載されている。特に重要な違いと思われる個所をハイライトしたが、採取量や保管温度、品質に関する基準に差が見られた。

繰り返しになるが、理由①で述べたとおり、公的臍帯血バンクから適合する臍帯血がみつかる確率は90%以上ある。この状況で、品質に懸念のある民間バンクで保管している臍帯血をわざわざ使うという選択を医師がするとは、僕らには思えなかった。
興味深いデータがある。下の表は、公的バンクと民間バンクの臍帯血保管数と使用実績だ。たまひよの記事とS社から請求した資料にある数値を、並列比較できるように再編した。
公的バンク | 民間バンク (S社) | |
設立 | 1995年 | 1999年 |
臍帯血の保管数 | 約1万個 (2016年時点) | 約3.8万個 (2017年時点) 約6.9万個 (2022年請求資料) |
投与実績 | 累計約1.3万 (2016年時点) | 累計9例 (2017年時点) 累計22例 (2022年請求資料) |

僕らには、保管数に対して投与実績が少なすぎるように思われた。
理由③ 民間バンクを使わなくても、臍帯血が必要な治療は受けられる
理由の三つめは、民間バンクを使わなくても臍帯血が必要な治療は受けられるということだ。
これは理由②に書いた内容と大きく関連している。
理由②の表を見たとき、民間バンクの投与実績が累計22例であるのに対し、公的バンクの投与実績が累計約1.3万もあるというのに驚いたかもしれない。
再度たまひよの記事に触れるが、「臍帯血を (民間バンクで) 保管しなかったせいで、治療が受けられなかったら……」という不安は強調されがちな点である。

しかし、理由①に書いた適合率と理由②に書いた公的バンクの実績から分かるように、民間バンクで保管しなくても臍帯血が必要な治療はきちんと受けられる。
逆に、民間バンクで保管した臍帯血で受けられるのは、少なくとも2022年現在では大半が研究 (実験) である。
民間バンクのS社から請求した資料には興味深いデータが載っていた。数値を要約すると以下である。
2022年現在、自己さい帯血による臨床研究の実施状況は予定や終了したものをふくめて1365例。うち、1330は海外の大学や研究機関であり、日本国内は35例であった。海外比率は実に97%を超える。
上記の “自己さい帯血による臨床研究の実施状況” という表現はS社資料そのままである。2022年現在、投与実績は22例、研究例は1365例でそのうち国内は3%未満であるということだ。
民間バンクの利用を検討している人のうち、海外での実験に参加できる人は何人くらいいるのだろうか。少なくとも僕らは、できる側になるとは思えなかった。
また、2021年時点で臍帯血は再生医療としての利用は認められていない、ということにも触れておく。
世界中で臍帯血を利用した再生医療などの研究が行われていますが、2021年現在臍帯血の再生医療や細胞治療への利用は認められていません。
【出典】エナレディースクリニック
将来、治療技術として確立されれば、これまでの先進的な治療と同じように公的バンクの臍帯血であってもこれらの治療に使用することが可能になると予想された。
まとめ
以上をまとめると、僕らが民間の臍帯血バンクを使わなかった理由は次の3点だ。
- 公的バンクにある非血縁者の臍帯血でも、適合するものは90%以上の確率でみつかる。
- 民間バンクで保管しても、実際に使えるとは思えない。
- 民間バンクを使わなくても、臍帯血が必要な治療は受けられる。
以下、蛇足と承知のうえで付け加えたい。
「めったに起きないが、いざ起きると損失が大きい出来事に集団の力で備える」というのが「保険」の思想である。
この思想から考えても、民間バンクよりも公的バンクの方があるべき姿のように思われた。
今のところ、公的バンクに保管できる産院が限られている点は問題ではある。僕らの子供が生まれた産院も、公的バンクに対応していなかった。
しかし公的バンクの臍帯血でも現状は十分であり、必要な治療も受けられるのは事実である。また、今後の技術進歩によって臍帯血の適用範囲が広がれば、臍帯血のニーズが増えるとともに対応する産院も増えると考えられる。
僕らは民間バンクを使わない選択をしたが、これが絶対的に正しい結論だと考えているわけではない。民間バンクを使って良かったと思う人がいるのもまた事実である。
それぞれの人が自分で調べ、事実と価値観に基づいて判断し、選択する。
この記事が、そのきっかけになれば嬉しい。
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